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福岡高等裁判所 昭和33年(ラ)141号 決定

抗告人 岡三男

主文

本件抗告を棄却する

理由

一  抗告人は「原決定を取り消す。抗告人に対し本件不動産の競落を許可する。」との裁判を求め、その理由として、本件競売は、実体上並びに手続上競落不許となるべき法律上の原因は全然存在しない。このことは一件記録に徴し明瞭であるので、本件抗告に及んだ次第であると主張した。

二  しかし、昭和三三年八月一八日午前九時開始の不動産(家屋・宅地)競売期日において、抗告人は本件家屋のみにつき最高価競買の申出をなし所定の保証金を提出したところ、執行吏は、抗告人を同家屋の最高価競買申出人と定め、その氏名並びにその価額を呼び上げた后、同日午前九時一七分競売の終局を告知したことは、執行吏北野徳次の署名押印がある外、利害関係人たる競売申立債権者代理人及び抗告人の署名押印ある、同日付競売調書(記録九八丁・九九丁)並びに右宅地につき同日午前九時競売期日を開くと同時に競買価額の申出を催告したところ、許すべき競買価額の申出人がないので同日午前九時一七分競売を止め、その旨告知したとの記載ある競売調書(記録一〇〇丁・以下競売不能調書と書く)を合わせ考えて、明白である。(一個の競売調書とすべきを、執行吏は分けて二個の調書を作成したものと思われる。)もつとも執行吏が右の各調書を原裁判所書記官に引き渡し(民訴第六六八条)、原裁判所が競落期日に競落不許の決定を言い渡した后の、昭和三三年八月二〇日付で、執行吏北野徳次は、右二箇の競売調書中各「午前九時一七分」との記載は各「午前一〇時一七分」の明白な誤記であるから職権をもつて、各「午前一〇時一七分」と更正する趣旨の調書(以下更正調書と書く)を作成し、この調書が本件競売記録中に綴り込まれているのであるが、裁判所書記官に競売調書を引き渡した后は、かりに同調書に明白な誤記があるにしたところで、執行吏においてこれを更正もしくは補正しうる法規は存在しないし、民訴第一九四条の規定は、競売調書に準用ないし類推適用し得ないばかりでなく、某日午前九時に開かれた競売期日を「午前九時一七分」終局した旨の記載ある競売調書において、右「午前九時一七分」とあるのは「午前一〇時一七分」の明白な誤記であると解しなければならない合理的な根拠はなく、競売調書が公文書であつて、競落期日における裁判の重要な基礎的調書である以上、明確な反証のないかぎり、右の調書の記載どおり、事実午前九時一七分に競売終局の告知があつたものと解するのが相当である。右の更正調書をもつて、裁判所職員たる執行吏が自発的に作成した、「競売終局の告知をした日時は、競売調書には午前九時一七分と記載してあるけれども、その記載は事実と相違し、実際は午前一〇時一七分である」趣旨の証明書ないしこれに類似の文書であると善解し得るにしても、前記昭和三三年八月一八日付の利害関係人の署名押印ある競売調書及び競売不能調書並びに記録九二丁の「競売及び競落期日公告」の各記載を綜合すれば、前示更正調書の記載は、たやすく信用することはできない。したがつて、原裁判所が抗告人に競落を許さなかつたのは、もとよりその所である。

なお記録によれば、(一)昭和三〇年九月一日午后一時、(二)昭和三一年一月二六日、(三)同年七月一〇日、(四)同年一一月一日、(五)昭和三二年二月二六日、(六)同年五月二一日、(七)同年一一月二六日の各午前九時に開かれた前後七回の競売期日の各競売調書には、執行吏が、成規の手続を履行し(一)の期日には午后一時に、その余の(二)から(七)の各期日には午前九時に競売価額の申出を催告したが許すべき競買価額の申出がないので競売を止めたとの記載があるだけで、競売法第三〇条民訴第六六七条第一項第三号前段の競売調書の記載事項である競売記録を各人の閲覧に供した(閲覧しうる機会を与えた)ことの記載がない。(前示の成規の手続を履行したという記載は、この閲覧に供したことをも含むと解し得ないでもないにしたところで、著しく誤解を招くおそれのある表現であり、右法条は調書にこれを明記することを要求している。)しかし、いまこの点はしばらく措いて、競売法第三〇条民訴第六六七条一項第六号所定の競売の終局を告知した日時の記載がないので執行吏が競売価額を申し出ずべき催告の后、満一時間を過ぎて競売の終局を告知したかどうかが明白でないのに、原審は、最低競売価額を順次低減して、競売期日の公告にこれを掲げている。しかし、もし万一、右催告后一時間以内に競売を止めたとすれば、執行吏の措置は右第六六五条第二項に違反する違法のものであるから、たとえ、当該競売期日に相当の競買申込がなかつたとしても、競売法第三一条民訴第六七〇条を適用する余地は全くないので、執行裁判所は、最低競売価額を低減することはできない訳である。けだし、右法条により裁判所が最低競売価額を低減し得るのは、競売期日が適法に開かれ(昭和七年(ク)第八九号同年四月二三日大審院第四民事部決定・判例集一一巻七〇〇頁以下参照)かつ、少くとも民訴第六七二条各号の規定中競売実施に関する法規に違反しないで競売がなされたにもかかわらず、相当の競買申込がない場合においてはじめて能くし得る所であるからである。従つて、原審は、いわゆる新競売期日を指定し、この競売期日の公告に最低競売価額を掲ぐるにあたり、以上の点に留意すべきである。よつて主文のとおり決定する。

(裁判官 鹿島重夫 秦亘 山本茂)

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